僕が中学生の時に不登校になって、偏差値64の高校に入るまでの話

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こんばんは、荒川真行です。

 

 

ブログのタイトルにも書いてある通り、僕は中学生の時に不登校になりました。

それは高校受験の真っ最中、中学3年生の時。

 

 

「いじめ」のような目に見える事案にはならないけれど、クラスの中に居場所が無くなる、そんな感覚。

 

公の場で口にはしないけれど、陰口は聞こえ、悪意ある視線を向けられるような光景をイメージして貰えばわかりやすいでしょうか。

 

 

 

そんな居心地の悪さを肌で感じて僕は教室から逃げ出しました。

 

 

当時の生活や、それから今に至るまでの過程をまとめてみようかなと思ったので今日はこんな記事を書いています。

 

 

 

学校で苦しんでいる人へ。

学校へ通いたくないなと思う人へ。

 

 

そういう方にとって、何かの参考になれば幸いです。

長文、駄文になります。ごめんなさい。

 

 もくじ

 

学校に行かずに家でしていた事

朝起きても学校に行かないとなると、行き場が無い。

なので家で当時はまっていたMaster of Epicというオンラインゲームを朝からやっていました。

 

15分に1回しか出現しないレアなモンスターを、平日の朝は誰も居ないので独占して狩っていました。

 

15分に1回モンスターを倒して、復活するのを待つ間勉強。そのくり返し。

 

「これレアなアイテムも集まるし、勉強も出来るし無駄な時間なくね?最強じゃん」

 

すっげー頭良いー!

 

って思ってた。

 

 

 

でも、気付いたら1日にワーク1ページ分しか終わってなかった。

 

 

「効率良く勉強する」という満足感に囚われて、「勉強時間そのもの」が減っていたわけです。

 

「スマホゲームでスタミナ回復させながら勉強する」みたいな効率重視の同時進行は勉強に専念出来ず、本末転倒だからオススメしない。

 

効率の良さは「作業量」が確保されていて初めて機能する。

 

学校へ行かなくなって1週間後

 

親が家の1階であれこれしている間、僕は2階でオンラインゲームをやりながら、合間に勉強をする毎日。

 

 

学校に行かなくなると関わる人間が家族だけになるんですよ。

だから、インターネットを通じていろんな人とコミュニケーションを取るのは割と楽しかった。不登校の子がたまたま見つかると、

 

 

「僕たち仲間だね!!」

 

 

っていう感じがして、すぐ仲良くなる。

結局傷のなめあいだから、何も良いことはないんだけどね。

 

 

そうなると、不登校の子をみつけて「この子、助けてあげたいなぁ」なんて思うんだけど、

 

 

 

不登校のやつが不登校の子を助けるって無理なんですよ。

人を助けるためには自分に支える力が必要。

 

 

 

 

どんなに正しい事をいっても、その人の為を思ってあれこれ言っても説得力が無いからね。

 

「そんな事言うけど、お前も不登校やん」

 

ってなって終わり。最終的に喧嘩してその関係は終わっちゃった。

 

 

 

それから僕は、

 

 

「不登校っていう『今の状況』を脱出しないと、なんにも出来ないんだ」

 

 

ということになんとなく気付いた。

 

 

1週間経って、そろそろ不登校を脱出しようと思った

 

親「じゃぁもう1回学校行く?」

 

っていう話になりますけれども。それが出来たら苦労しないんやで。

 

 

一度学校から離れると、学校にいた時よりも余計にあれこれ考えるようになります。

 

 

「いまさら学校に行っても、また何か言われるんじゃないか…」

「自分が生きたいように生きられないような空間に居たくない…」

 

 

嫌なことばっかり、考えちゃう。

でも、「このままでは一生このまま」になっちゃうと思ったから、変わりたかった。

 

 

でもやっぱ学校には行きたくない。

父親にも夜中の2時くらいに、泣きながら訴えた。

 

 

「自分が自分らしく生きられない場所に行くのは嫌だ!!」

「自分の居場所が無いから、もう行きたくない!!」

 

 

 

でも、

 

 

「そんなのは自己責任やろうが!!」

 

 

って父親に怒鳴られて終わったのを今でも覚えてる。

 

 

 

いきなり怒鳴られて、心の中は空虚になった。

どうしたらいいのか何もかも分からなくて、親にも冷たい言葉をかけられて、

 

 

「生きるのってこんなに辛いのか」と感じた瞬間だった。

 

 

その直後。

 

「海でも見に行こう」

 

 

と父親に誘われ、僕は車に乗った。

 

父さんは「ちょっと行ってくるね」と母親に告げて、2人でドライブに出かける。

 

 

 

岐阜の田舎から県外の海まで車を走らせ、やっとついた海には他に誰も居ない。

暗闇と共に、静けさに満ちている。

 

 

 

 

父さんは海岸の細い流木を拾い集め、ライターでさっと火をつけた。

その日僕らが暖を取った焚火のあたたかな色を、今でも鮮明に覚えている。

 

 

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それから僕と父さんは、海をぼんやり眺めていた。

何か言葉を交わすでもなく、ただぼんやりと。

 

 

 

 しばらくして僕が、

 

「海っていいね。」と話しかけると、

 

 

 

「そうだな。」と父親が返した。

 

 

 

そして父親がそれに続けて口を開く。

 

 

「…父さんもな、会社員になってから何度も辞めたいって思う事があったよ」

 

「そうなの?」

 

「そうだよ。会社の中で派閥が出来てしまって、みんながどっちの味方につくかで揉め始めてね。」

 

「うん」

 

「父さんは自分の信じている人に最後までついていった。だけどその時に、もう出世コースを外れてしまったんだ。」

「それからは、つらい仕事もたくさんさせられたし、何度辞めようと思ったかもわからん。立場もだんだん悪くなった。」

 

 

「うん…」

 

 

「だけど、そんなんで負けてられないだろ?僕らは武士なんだから。」

 

 

「武士?」 

 

 

「荒川家は、武士の家系なんだよ。先祖を辿って行けばね。」

 

 

「そうなんだ。」

 

 

「侍がこんな所でくじけててどうする。つらいことは生きていたらいっぱいある。でもそんなのは、しばらくじっと我慢していれば過ぎ去っていくんだ。

 

 

「だからお前にも、もう1度前に進んで欲しい。お互い胸張って頑張ろうな。」

 

 

海の波が響く中、こんなやりとりをした。

思い出すだけで、今でも涙が出てくる。

 

 

苦しくてつらいのは、自分だけだと思っていたんだけど、

実際はそうじゃなくて、すぐ近くにも居た。

 

 

つらいのは自分だけじゃない。

だけど、大人はそれをあんまり表に出さないんだよね。

 

 

特に、親っていうのは子供の前でそれを出さない。

 

 

父さんも苦しい思いをしながら、家族の為に頑張ってるんだと気づいてからは、ほんの少し「学校に行こうかな」と思えるようになった。

 

 

教室には行かないけど、学校へ行くようになった。

それから僕は、学校に行く事にした。

僕の居場所が無い「教室」にはもう行かない事を条件に。

 

 

 

そんなことが出来るの?と最初は思ったけど、以外と選択肢は多かった。

 

 

 

授業を受けることさえ諦めたら、自分の居場所はたくさんある。

 

 

僕は心理カウンセラーが常駐している「カウンセリングルーム」で残り1年を過ごすことにした。

 

 

教室だけが通う場所じゃない。

学校の校長室で小学6年生の時期を過ごしたという人も居るのだから。

 

【参考記事】

storys.jp

 

 

 

それから、とにかく朝はちゃんと起きて学校に行くことにした。

 

 

この、「学校に行く」という事が本当に大きな一歩。

生活のリズムも整うし、昼夜逆転すると鬱が悪化して、人生に希望が持てなくなってしまうから。

 

 

だからとにかく、「学校に行く」というのは何よりも本当に大事なんだと当時気付いた。

 

 

ただ、親の大半が子供に発する「学校に行きなさい」は「内申点のために欠席はさせない。教室で授業を受けなさい」と混同している事があるが、それは違う。

 

 

適切に背中を押したいのであれば、「学校に行く事」以外の事は一切強要しないで上げて欲しい。

 

 

 

別に学校の同級生に会いたくないなら「教室」に行かなければいいだけの事なんだ。

生徒の誰にも会わずに、学校に行くことはちゃんと出来る。行くだけで良い。

 

 

それだけで不登校の生徒の社会復帰は8割越えたと思って良いくらいだ。

 

 

ぼくが教室に行かずに学校でしたこと

授業を受ける事は出来ないので、とにかく自習をするしかない。

 

だけど、自分で教科書と参考書を丁寧に読み込む感覚がついていればちゃんと学習内容は理解出来るように作られていることに気付いた。

 

 

「あれ。授業いらないじゃん。」

 

 

と思える日がきっとくる。

それはつまり「もうあの教室に行く必要がなくなった」事を意味するので、少しずつ希望が見えてきた。

 

 

期末テストもみんなが受けている時間に同時に受けたが、80点以上は常にキープしていた。

 

「不登校の僕の方が、授業受けてる奴らより点数高いじゃん」

 

という風に、物凄い精神的余裕が生まれたのを覚えてる。

そうやって自分なりに勉強で結果を出して、一人で優越感に浸るとだいぶ気持ちも楽になるのでオススメ。

 

 

不登校になると「劣等感」というものが付きまとうからね。

まずは「自信を取り戻すこと」から始めたら、あとが楽だ。

 

 

だから、生きる事につまづいてあれこれ考えるのもいいけど、「勉強をすること」だけは投げ出さないで欲しいと切に思う。

 

僕にとっての勉強をする意味

「なんで勉強をしなくちゃいけないの?」

 

 

っていう疑問は、僕はどうでもいいと思ってる。

 

 

やらなければならない事に対して「何故?」を問うのは、「なんで僕らは生きているの?」と問うようなものだからだ。

 

 

僕にとって「勉強を頑張る」のは、「学校という共通のステージで自分の価値を出す手段」に過ぎない。

 

 

つまり、学力は生徒の能力を計る共通の尺度だから、勉強さえやってたら「すげぇ」となる。だから勉強を頑張る。それだけ。

 

 

勉強をする意味なんて後から分かってくるし、大学生になってから見つければいい。

 

 

勉強の出来る奴はそれだけで存在価値がある。

ゴルフがプロ級に上手くなくてもいい。

アイドルとして活躍出来る程の美しさや、トーク力も必要ない。

 

 

ただ、勉強が出来るだけで同じような生徒からは有難がられるし、自分の進路が開かれるというボーナスがつく。それだけでいいじゃん。

 

不登校になったり、

いじめられたりして、

 

 

「こんな所で人生終わりたくない」

 

 

って思うなら、やるべきことはまず「勉強」です。

勉強さえしてたら、どれだけでも次の進路が残る。

 

 

そしたら次の進路へ進むときに環境を変えて、人生リセット出来るんだから。

 

中学でOUTだったなら、高校でまた頑張ればいい。

高校でダメだったなら大学で。

 

 

そうやってリスタートする為に、僕は勉強だけは頑張った。

それが僕の考える「勉強する意味」です。

 

 

さいごに

そして僕は、岐阜県の偏差値64の私立美濃加茂高校(蛍雪コース)を単願で受験し、無事に合格しました。

 

 

高校では学級委員を3年間務め、同志社大学を蹴って愛知の南山大学に特待入学するのはその後のお話。

 

 

長くなりましたが、僕がいま不登校の子供に伝えたいのは、

 

 

「勉強さえしてたら、どれだけどん底に落ちても『新しい環境』でやり直せる」ってこと。

 

 

辛いときってそれだけで頭いっぱいになって、こんな人生もう嫌だって思ったりもする。でも、今の苦しい環境なんて世界のほんのひとつまみの話。

 

 

環境を変えたら、またいつだってやり直せる。

だけど環境を変えるには、勉強を通して自分で道を切り拓いていかないとね。

 

 

そんな気持ちで学校生活と向き合うと、少しは楽になれるのかな。

 

 

 

今、苦しんでいる不登校の人や、いじめられている人へ。

教室という世界を全てだと思わず、強く生きて欲しい。